今日8月29日(水)は、私の57回目の誕生日です。
29日(にく)の日に生まれたのも、肉にたずさわれという
ことだったのでしょうか?
まずは以って、命をさずけてくれた両親に感謝
両親をさかのぼると、じいさん ばあさんと祖先に
ずーとさかのぼれば、やはり天か?「死生命あり 富貴天にあり」
「かり(仮)の身を 元のあるじ(天)に 貸渡し
民安かれと 願ふ此の身ぞ」という詩を
二宮尊徳がを詠んでいます。
人は生まれた以上、死ぬことは必定である。
この身が「かり(仮)の身}であることは明らかである
「元のあるじ」というのは天をいう。
「このかり(仮)の身」をわが身と思わず、生涯一筋に、
世のため人のためのみを思い、国や天下のために
役立つことのみを勤め、一人たりとも一家たりとも
一村たりとも~中略~安心して生活できるように
それだけを、毎日の勤めとし朝夕願い祈って、
それを怠らないわが身である。
これが私の畢生の覚悟である」
(「二宮翁夜話」 二宮尊徳)
すごい使命感 覚悟ですネ
今の政治家にこれ程の人がいますか?
「五十にして天命を知る」(論語)
孔子は五十歳で、仁(道徳)による政治を実現
しなけれがならぬという、天命を自覚したとあります。
人は誰でもこの世に命をさずかり、何かをするために
生かされていると言います。
私は、何のためにこの世に命をさずかり、なにをするため
生かされているのか?
誕生日にじっくりと 私の使命感 存在理由を考えてみよう
「天命を知る」 でも難しすぎて~
萩原新一
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コメント (1)
お誕生日おめでとうございます。
五十代は、健康に気おつけてください。
投稿者: R | 2007年09月06日 17:28
日時: 2007年09月06日 17:28