
北京パラリンピックで金メダルを取った
日本水泳チームのキャップテン鈴木孝幸さんと
里親小松洋さんの歩みを紹介した
テレビ朝日「ドキュメンタリ宣言」を見て思いました。
「先天性四肢欠損」の鈴木さんをここまで支え、
見守り、育んできたものは何なのか?
里親がおばあちゃんと呼ばれる
年寄りのせいもありましたが、
区役所に里親の務めを無事終え報告する
シーンを見て、現代日本で死語になりつつある
「老婆心ながら」という言葉を思い出しました。
昔の日本では当たり前に見た孫の子守の姿
老婆の損得を抜きにして世話をやく姿
子を思う慈母の心です。
自分の子供であれば、我が分身ですから
母が子供の世話をするのは、ある意味では
当然のことといえます。
そして、子供に対し親の私心と期待があります。
「如是(にょぜ)あるがままを受け入れる。
そして、生涯背負って行く障害は
だれも代わってはくれないよ
自らの人生は自らの力で歩むしかないよ
自立あるのみだよ~」とこのドキュメントは
里親小松さんを通して訓えてくれました。
里親の小松さんが今も鈴木さんを我が子にせず、
別姓のままで暖かく見守り続ける姿に、日本人が
失くし欠けている美徳と哲学、損得をぬきにした
「老婆心」の精神を見ました。
そう云えば、
「老婆心ながら、もう一度世の中を良くする為、
恥ずかしながら出て来てきました。
世のため、人のため残りの人生を捧げます」という様な
政財界、教育者等、仁人が出てこなくなりましたネ
自分の事しか考えない 損得勘定で物事を判断する
そんな風潮の時代なのでしょうか?
「老婆心」は伝燈禄には「老婆心切」とあります。
損得なしに切に願う心の行為ですネ
損得なしに孫を思い世話する老婆の姿からきているのでしょう
私達日本人が忘れてはならない言葉と美徳だと思います。
萩原新一
