8月16日(日)福岡から人吉への帰り道
熊本県蘇陽にある幣立神宮に寄りました。

幣立神宮の入口
ある方からあなたは、幣立神宮を
「是非訪ねられたら良いですよ」と
教えて頂き、なぜかしら素直に訪れてみようと思いました。

神宮の由緒
この神宮の由緒を読んで、とても小人には
理解できない何か深い意味がありそうでした。
神々の集まった聖地とかで、神宮本殿とは
別に小さな祠が有り、何々神と名前が有り
(読めません)神様を祀ってありました。

真民先生の歌碑
でも、何故か神宮の片隅に、
坂村真民先生の歌碑が立っていました。
「念ずれば花ひらく」
「二度とない人生だから」
「めぐりあいのふしぎに手をあわせましょう」と
お地蔵様に歌が刻まれていました。
宮司に何故ここにあるのか尋ねましたら
当神宮に真民先生がお参りに来られたとのこと
こんな所で真民先生の足跡に逢えるとは
不思議なめぐり合わせに手を合わせました。
私は毎日「念ずれば花ひらく」と唱えています。

岩清水 右と左があり左が美味しいとか?
本殿の裏手、山道を下がると東御手洗(ひがしみてらい)と
呼ばれる岩清水が流れる池があり、
大神が祀られている聖地とのこと
水を飲みましたが冷たくて美味しい水でした。

聖地の水をたたえる水田
岩清水が池に流れ、それを利用して棚田の水田が
ありましが、この光景に、なんとも言えぬ懐かしさと
安堵感を感じました。
この光景が「瑞穂の豊あし原の国(日本の美称)」と
言われるのでしょう。(みずみずしい稲穂の実る国)
正直、ここで取れたお米を食べてみたいと思いました。
二宮尊徳の歌に、
「古道に積もる木の葉をかき分けて
天照す神のあし跡を見む」とあります。
(二宮尊徳)
儒教や仏教の教えも良いが、そうした
木の葉(経書、教本)をかき分けて、
その下に見えなくなっている我が国古来の
真の神道を今一度見出すべきだと教えています。
今回、幣立神宮を訪れることなったのは、
「神道」この事を気づき、学びなさいという事なのか?
不思議なめぐり合わせに感謝
萩原新一
